100日後に死ぬワニの感想(ネタバレあり)

 

Twitterで話題の「100日後に死ぬワニ」という4コマ漫画の感想。

 

一応、結末まで見ました。ネタバレ全開です。
まだ読んでない方はご注意ください。

話題になった経緯はよく知らない。タイトルでググれば誰でも読めますので、あらすじ等も省略。

最終回後、この漫画が企業案件だったのではないかと炎上したようですね。その辺の展開もあまり興味がなくわかっていない。

あくまでも作品のみの感想です。

 

ふとしたきっかけで知り、50日くらいのところからタイムリーに読んでた。

正直に言うと、そんなに好きじゃなかったんだよね。完全に惰性で読んでた。

この漫画が好きじゃない、というよりも読んでる時の自分が嫌だったから。

もともとフィクションであろうと”死”を軽く扱う作品て苦手なんです。
作中における”死”の使い方って色々あると思ってて、

  • 命を大切にしよう!等のメッセージ性
  • 生き残るのは誰だ??なゲームストーリー
  • アクションやパニック映画
  • 殺人事件ありきで成り立つ推理もの

この中で、あくまでも自分だけの基準で「これは許せるけど」「これは受け付けない」ってより好みがある。別に掘り下げませんが。

「100日後に死ぬワニ」はもともとOKとNGの境界線にいるような感じだった。

 

穏やかな日常を過ごすワニが、100日後に死ぬ。

深いようで深くないような。トリッキーな構成だけど、考えようによっては悪趣味なような。

 

「嫌だ」という思いがはっきり形になったのは、同僚と話していた時。

 

同僚「ワニがもうすぐ死んじゃうね。」

いん「うん。前兆もないけど本当に死ぬのかな。」

同僚「死ななかったら炎上しそう」

いん「どうやって死ぬんだろう?」

 

まず、この会話が嫌な感じだね〜

「あいつ?トイレでも行ってるんじゃない?」と同じノリで「死ぬんじゃない?」と話してるんだからさ。

 

特に、最大級にキモいと思った自分の発言がこれ

どう死ぬんだろう=どんな死に方なんだろう

100日後に死ぬワニを読んで、

ワニの日常にほっこりしたり、
見えている死にやるせなくなったり、
おいワニもっと1日を大切にしろってやきもきしたり

したんですけど。でもね、本当に読み続けていた1番の理由は

どんな死に方をするのか興味があった。からなんです。

こんな醜い知的好奇心ある?

キモいキモい、自分てこんなにゲスかったのか??そうなんだろうね。うわーへこむ。善人ぶってるだけで、私だって死をエンタメ化してたんだ。

 

そんな自分が嫌だった。とは言いつつ結局読んでたけど。

 

皆が注目した100日目。ワニの死。

予告どおりに、あっさりとワニは死ぬ。過度な描写もなければ余韻もなく。物語としての終わり方は非常に地味だった。

賛否両論あれど、この結末は安心したよ。もうこれ以上ワニの死をエンターテイメントとして見たくない。

ワニが死んだ理由、伏線や、描写の矛盾。一つ一つに考察があるようだけど、もうオイラは見ませんよ、と。

 

冒頭で話したように、フィクションにおける”死”の使い方は様々。うまく使うためには理由や背景が必要になる。物語のために。読者のために。

悪役だから死ぬ。
被害者だから死ぬ。
伏線回収のために死ぬ。

でも、

ワニはただ日常を過ごしていただけだ。死ぬ理由なんて何もなかった。友人との花見、という何気ないささやかな幸せの傍らで気が付いたら死んでた。

この話は、それ以上でも以下でもない。と思いたい。

人はいつ死ぬかわからないんだから日々を大切に生きましょう。とか、とってつけたような教訓を添えるのも、なんだか嫌だ。

 

「死ぬことは突然で、ドラマチックでも何でない。」
私が、この話に何かの意味を見出すとしたらこれだけ。

とは言いつつ、ワニの死はものすごい数の人達に見守られた。ワニ自身も桜の舞う中、ヒヨコが行くのを見届けたんだろう。

 

私のような一般人の死なんてもっともっと地味だ。

さして寒くも暖かくもない曇天の日に、ラーメンにお湯を入れて2分56秒の時に死ぬかもしれない。
汚い部屋着のまま、いつかやろうと思ったことも山積みで。洗濯機に入ったままの洗濯物も、誰にも見られたくない日記も、そのままで。

100日と言わず数十年送った日常すらも。なんの余韻も残さずに、死ぬ時がいつかくるんだろう。

 

いんふぁー

 

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